こんにちは。今日は常滑で過ごせると思っていたら、急に魚市場にひとの車で連れて行かれて自律神経にけっこうなダメージがありました。乗り慣れない車で助手席、気を利かせてもらって異様に暑い、というので一度気分が悪くなったのですが、今は冬なので「暑い!」と窓を開ければ一気に涼しくなってくれて助かりますねえ。
飛行機なんかはほとんどの場合、微妙に寒いので、それはそれで不快なものの自律神経の安定動作という点ではたいてい助かりますが、そういえば都心で電車に乗っていると、いきなり強暖房で暑いんだけど、かといって混んでいるので脱ぐわけにもいかず、と考えている間に体温が上がって気分がより悪く、というのがよくありました。強い自律神経に交換したいです。
という秘密ブログを一昨日の土曜に書いていたのですが、送信しそびれていたので今日お送りいたしましょう。
さて
先日、久々に女性被写体さんと撮影に行ったわけですが、そのあとあれこれ彼女と写真のインスタ公開に向けて裏でやり取りしておりまして、基本的に方向性は「お互いにとってダサいのを勝手に公開されるとやだよね」というので、公開前に確認しあおう、という形で合意ができているのですが、まあとにかくその連絡が面倒!
女子とキャッキャしたい欲望があれば喜んで出来るのでしょうが、「俺にはちょっとその山は高いな」と感じてしまいまして、山を高く感じるのはこちらの主観の問題であり、なぜ高く感じるのか、というのを自己分析したのを今日は話題にしようと考えております。
当該の被写体さんと撮影してみて、彼女にとってのインセンティブは「ええ感じの写真でフォロワー増やして承認欲求を満足させたい」であり、その延長に「あわよくば自分のファン層を形成し、そこ向けサブスクで一儲けしたい」という、被写体活動をする女子の大枠から外れない欲望の持ち主というところまで分かりまして、そのあたり全然応援するよーという気持ちなのですが、私の方のインセンティブは「人物撮影のスキルを鈍らせたくない」くらいなもので、連絡のやり取りから実際に現地に行ってどうこうあれこれ、今回は被写体さんのほうが近所まで来てくれているにも関わらず、いまいちよっしゃよっしゃもっとゴリゴリやるぜというほどのやる気が出ません。
ただ撮るだけならスナップでそのへんのものを撮るなり、一人で移動して物言わぬあれこれを撮ったり、常滑のおじさんたちを撮るのでもある意味同じなわけで、それを面倒な思いをするデメリットを甘受してでも女子を撮るべきか? どうか? 撮ってネットにババーンと上げていいねが付きまくるようなものが撮れるわけでもない、それで商売に結びつける気もないし、と夢も希望もなく現実的に考えると、どんどんやる気がなくなっちゃうんですよね。こういう趣味的な撮影をするには、ひとつ「自分のベストを更新したい」という欲があるかどうかが大きいのかもなあ、という風に思いました。
チャレンジャー
人は自分がチャレンジャーの立場にいる時に強くなれると思います。
レースもたいてい、追う立場の方が追われる立場よりも楽ですよね。レースゲームをやっていても、首位に躍り出た途端に、ミスをしないことが目的になってしまって集中できなくなります。それと同様、撮影についても、自分のベストを更新したいという欲求に従って動くことは、人を撮影に向かわせる大きな動機になり、またそれ自体がインセンティブになるんじゃないかなあ、と思うんですね。
ですから自分が儲かりもせず、赤字垂れ流しだとしても、「自分にとってのベストを更新したい」という欲求があれば人はまあまあしんどいことも出来ると思いますし、実際スナップについては私も基本そんな感じなんですよね。成果よりも修行。写真の秘密が知りたい欲求とかなり近いところにある情動だと思います。
大抵はその先に分岐が来て「そのベストというのは自分だけが感じられれば良いのか? それとも外部から定量的に見えるものが良いか?」というので、自己解決するタイプの人と、賞を目指す人に分かれるんじゃないかなあと思います。
私は自己解決タイプなので賞も何も要らないのですが、小説の賞に応募するのは完全にハクをつけてもらってプロとしてやっていく足がかりにするためですね。他に文章を書いて食っていく方法が見つかりませんし、逆にいえばそのルートが今でも王道なのでやる価値があると感じます。
写真の方は、写真家活動をするのであれば、美術世界に可能な限り近いところの大きな賞にどんどん応募していく必要があるのだろうと思いますが、賞をとることと、写真家として稼げるかどうかが全然連動していないのが特徴です。大きな賞だと写真集の出版、そのPRとしての写真展までは約束されていたりしますが、それが即プロ活動に繋がるわけじゃありません。
これは「プロの写真家」といっても、ほとんどの人が実際は職業カメラマンとして働いており、写真作家とは違った領域なんであります。
以前からお知らせしているとおり、日本は「プロの写真作家」と「職業カメラマン」を兼業している、ふわふわっとした「写真家さん」が多く、ほとんどがよくてセミプロであり、職業カメラマンをやっていない場合、たいてい講師業で食っています。実際、常滑でもプロの陶芸家ということになっていても兼業の方が多く、主たる収入を講師業で得ているのであれば「私はプロの陶芸講師です」で良いと思うのですが、かっちょいいので陶芸家サイドの称号を名乗るんですよね。
私も鬼ではないので羊頭狗肉じゃないかと責めることはしませんが、あえて曖昧にすることで損をするのが誰かといえば、その世界に「俺もあの人達みたいにプロの作家になるんだ!」と専業で食えるかのように夢を抱いて飛び込む若い人であって、スタート地点が騙しじゃまずいだろう、と思うのです。
しかしそういったステータスの問題を別にしても、純粋に当該の芸事に邁進する上で根本的な動力となるのは「自分のベストを更新したい」という気持ちだろうと思います。ということはプロもアマも趣味も仕事も関係なく合致できるところもそこなんでしょうね。その時点でのベストを更新するという点で、上手いも下手も、暦が長いも短いも関係ありません。
それって結局、撮るのが楽しいと思う気持ちが何よりの原動力というのと合致するところもあり、仕事でもないんだから楽しまないと損だなとつくづく思います。
人生は短いんでどんどん楽しいことを詰め込んでいきたいですね。
それではまた。
